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83☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。「判断力」に必要な「気力」が疲弊して足りなくて、「なんかウチは変」の正体に気づけなかった。 

2018, 11. 09 (Fri) 11:03




それでも、なかなか間違ったレッテル貼りをやめることは、できませんでした。



と言うのも、「子供は褒めて伸ばす」と言う言葉を聞いた事が在るのに、そんなの我が家では無かったし・・・。



とにかく間違いが無いように・失敗しないように・「それ以上」ヘマをしないように反省する・気を付ける・自分を正すのが我が家では「躾」とみなされていたから、いつでも「自分を疑え」と言う圧を受けていました。



今考えると、産まれてからずっとそのスタンスで成長するって、中々厳しいものがありますよね。



当時はよくわからなかったけれど、反省と後悔と懺悔ばかりさせられて、それで健康的な自信を保てる子に育つわけがありません。



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そして、多分「分かりやすい毒親」・「行政が排除してくれるタイプの毒親」でない、我が家みたいな毒親の家の場合って、子どもたちは「なんかウチは変」・「何かがおかしい」って思うんじゃないかなあ。



私も姉もそんな事をよく感じていたのですが、それが子どもだから「何か」かまでは分からなかったし、いつも毒母に縛り付けられてて世間一般の家庭がどんなのか見させても貰えなかったし、とにかく・・・。



振り回されまくって常に疲弊したり・不機嫌な女王様に仕えていなければいけない家臣のように神経をすり減らすのが「日常」だったので、「判断力」に必要な「気力」が足りませんでした。



そこから脱して、大分時が経って気力が充実してきたからまだ「違和感」や「カン」が働くけれど、ずーーーーーーーーーーーっと不機嫌と傲慢の下で組み敷かれてる子どもって、「気づく力」がなくなるんですよね。



とにかく目の前の毒親の毒を処理することだけに追われて、その仕組みやらなにやらを考える余裕がないんです。