蒼衣のブログ。

毒親もちの主婦。毒母と絶縁後の心境・体調(子宮疾患/子宮内膜症+α?・自律神経失調症)などを語ります。

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親の愛は絶対信仰やめたほうが民族守れる気がするけどな

Posted by ○蒼衣○ on  




多分、「親の愛は絶対だから」とアダルトチルドレンにマウンティング気分で批判してくる人って、たとえば家族全員がボートでおぼれていて



毒親が順番に助けて行くとしたら、アダルトチルドレンのことを助けると思ってるんでしょうね。



うちは・・・実際は半々かもしれないけれど、助けないんじゃないかな。



なんだろう、みずたまりに子供が転んだら手を引っぱって起こすかもしれないけれど、ボートに自分だけ乗っていて家族が溺れていたら



跡取りとかしか助けないだろうし、助ける時にボートのバランスがくずれて転覆したくないとか・乗れる人数考えちゃうとか・腕が痛くなりそうだしもういいかとか。







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あと意外と、台風の海でもなくてたいしたことないような沼くらいでも、助けないかもな。



普段から、ほんとうに見殺しにされる事が多かったな。



ちょっとここには書けないようなシーンでも、よく見殺しにされてたな。



なんで、あんな親に尽くせばどうにかいつかわかってもらえるかもしれないと思ってたんだろう。



本当、呪縛がとけると何もかもがバカバカしいような、悲しいよな、複雑な気分ですね。



昔よりは刺さらないけれど、あれが助けてくれるわけないのに・・・と今ならわかるものの、当時は全部自分のせいだと思ってた。



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思わされてましたね。



そっかあ、私1番になりたかったんだなあ。



そんな大それたのぞみでもなくて、ほかの「あたりまえに享受してきたひとたち」が、なんだかんだであんたも享受してきたんでしょ?



それをガキだからわかってないだけでしょ?って決めつけてくるけれど。



でも世の中には、子供が一番でも二番でも三番でも上位でもなくて、助けもしない・見殺しにするのが基本の親っているんですよ。



日本は出生率がさがっていることが問題になっているけれど、自ら命をたつ人も多いですよね。



その人たち、毒親にころされているようなものなら、日本民族をまもるために子供を産み育てましょう!!って叫ぶだけじゃなくて、



なんでも親の言い分が正しい・親の愛は絶対信仰すこしでもやめたほうが、年間何万人かは長い目で見れば助かる気がしますけどね。



毒親の虐待はイジメみたいなものでなくならないかもしれないけれど、今の日本の毒親に甘い価値観が少しでも変われば、子供側の防御力にはつながると思うんですけどね。。








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毒親から一番に想われたかったんだけど

Posted by ○蒼衣○ on  




そう、その温かい家族を目の当たりにしたとき、家族や親から「一番」に想って貰えるってこんなに違うんだなあって痛感したんですよね。



この人たちは、当たり前のようにお互いを一番に想ってる。



もちろん兄弟間や家族間で多少の差や好みはあるかもしれないけれど、同点一位とか僅差の上位だとか。



あと、自分も大事だし・家族も大事。



いつかの私みたいに、滅私奉公を命じられていて自分がなくて・親だけ一番でもない。



このひとたちは、自然にお互いをすごく大事にしていて、仲がいい。





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でもうちは違ったんだなあって。



親はもとより、姉も私は上位じゃなかったんだなあって。



親から一番じゃないのは分かっていたけれど、味方だと思っていた姉も私は一番でも上位でもなかった。



私は難しい所でもあるけれど、姉か親かを選ばされる時・そうじゃないふつうのときも常に悩んだ。



でも姉は親を怒らせたら大変なことになるからと庇ってくれなかったし、どう考えても親が無茶を言っているのに「とにかくよせ」と、



「あなたさえ黙って我慢すればなんとかなるんだから」と言う態度だった。



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いろいろ洗脳がとけた後親の事もショックだったけれど、わたし結構姉の事もショックだったんだなあって。



すごく味方して・味方しきれなくて亡くなってしまったけれど、なんかよくわからないなあって・・・。



なんともいえない、悶々とした・複雑な心境です。



そして「一番に想われたかった」・「上位でいたかった」とこのブログを読んだ「親から愛された人」の何割かは、「そんなのコドモだ」・「いつまでそんなことを言ってるんだ」



・「そんなコテコテの甘えた願望なんて」と言うかもしれないけれど、でもそう言う人って「親の愛は絶対だから毒親がこの世にいるわけないし、



あなたの親はきっといい人であなたが誤解か未熟なだけなんだろうし・そんなに大騒ぎする事じゃない」って言うんでしょうね。



でも矛盾してませんか?親の愛は絶対なんでしょう?それだけ圧倒的なものが当たり前にあるのならば、私が上位でいたかった・一番でいたかったと望むのも当たり前じゃないでしょうか。




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毒親を経て、私の世界は4つある気がする。

Posted by ○蒼衣○ on  



コロナウイルスのせいで日常生活がばたばたしていますが、その後もなんとかやってます。



罹患してないだけ、ラッキーなのかもしれないですね。



健康は大事ですね。



かたや毒親とのことはやはりふと考えてしまうもので、このあいだすごく温かいよそのかていを目の当たりにして、内心複雑な心境になってしまいました。



その場では、笑顔で振るまえましたが。



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なんでしょう・・・そんな家族を生で見ると、「ああほんとうにいるんだな」って。しみじみ思ってしまいます。



今までも見た事はあるんですけれど、その都度新鮮な驚きなんですよね。



なんかいろいろ疲れ果てていて、自分には過去悲惨だった世界と・そこを抜けだすまでの世界と・抜け出してからの世界と・抜け出せてもなお残像に悩む世界と、4つの世界がある気がするんです。



その辺が、一本の軸のうえになくて、つねに人生や生活を考えるうえでチラチラ・ぐちゃぐちゃとまざりあう。



だから自分が、完全に4つのうちの1つの世界に居ないんですよね。




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なんかどれも本当でどれもうそのような、雑に混ざり合いすぎてよくわからないところもある。



記憶が飛んでるのもあるし、思い出したくないのもあるし、とにかくまだまだ疲れ切ってて判断能力がおちているのもあるし、これからまた



毒母の攻撃があるのかもしれないと思うと先の事も今の現状も考えたくないと言うのもあるのかもしれない。



そしてこういうふうにいちいち例えるのはひたっているようで嫌だなって前は思っていたんですけれど、そんな漠然とした中手探りで



今を模索して現状の位置確認をできる唯一の手段なので、これはこれで悪くはない・むしろ役に立っている事なんだと思います。



私のようなアダルトチルドレンは、いろいろなものにすぐさまピンと来れない。ピンとこないと自分の人生を生きれないし・守りにくいのに。









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毒親の正体知らないままあの世に行かなくてよかった2

Posted by ○蒼衣○ on  




昔、もし「この世からなくなっちゃいたい」と思わなくなる未来がくるとしたら、きっと今までの不幸を払しょくするかのような・シンデレラみたいな



人生にぱあっと道が開けた時なのかな?とか・菩薩のように悟りを開いて過去にこだわらなくなったりとかかな?と思っていました。



それか、実はあの毒親は本当の親じゃなくて、本来の両親が優しく迎えに来てくれる時とか・亡くなっていたとしてもその事実を知れた時なのかな?とか。



月並みだけれど、そんなドラマみたいな展開が自分をそんな考えから解放してくれるのかな?なんて思っていました。



でも違ったかな。今割とそこそこ幸せだけれど、やられたことは忘れられないし・つらいし・でも自分で自分を責めなくなったからラクだし、



でも総じて今の幸せで過去なんかぬぐえない。



もしも神様が現れて元から生まれない人生か生まれて苦労して現在に至れる人生か、どちらを選ぶかと言われたら間違いなく前者を選びます。



今の家族が「そんな寂しい事言わないで」・「だったら子供が生まれないじゃないか」と言うかもしれないけれど、もうそう考える自由くらいは



許してほしい。それに私がいなくても、子供たちの魂はなんらかの方法でどこかのお宅には生まれて来たと思う。



産まれて来たくないは自分の過去のがんばりや耐えに耐えたことや性格を否定してるんじゃなくて、毒親がひどいことをしてきた全てを


忌み嫌って否定したいからだから。。だからどうしてもアレがこの世に起きるのを、私は許したくない。



それをいうならたまたま生まれて来て・たまたま耐える事が出来ただけで、同じ人生を10回ためしにやり直してみたら、かなりな高確率で私はいまほど落ち着いた人生をおくれてない気がする。。



だから、どうしてもどうしても生まれてきたくはなかったと言う意志は変わらない。



でも逆に、絶対に絶対に毒親の正体を知らずに・だまされたまんま死ななくてよかったっていうのも変わらない。



自分の人生で一番しみじみと・何度思い返しても新鮮なきもちで痛感できたのは、コレかもしれない。



なので・・・世にあふれている「死/にたい」という言葉のもちぬしに「だめだ」と言って回ることはしないけれど(自分がやられたらいやだったろうし)、



でも・・・もしもここまで「似たような立場の人」がたまたま読みに来て、「毒親の正体を知ること」・「騙されていたと知ってしまう事」を非常に

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恐れているとしたら、それは真実を知り「切る」ことで逆に心の支えになりきるんだって、私はそうだったってことだけ伝えておきたい。



理解不能だとか意味不明だとか思われるかもしれないけれど、自分とおんなじような人がもし「真実にたどり着けない思い込み」がはずれて



十字架をおろせるかもしれないなら・・・あとたとえばだけど・・・輪廻転生して次の人生もいまの毒親みたいなので、次の「わたし」が



このブログ見に来てはやいこと呪縛を振り切れるなら・・・とか。。そんなそれこそ映画ドラマ級のこととかも起きるかもしれないので、



そんなドラマな薄い可能性を夢見てるっていうよりは、どうしてもどうしてもどうしても騙されたまま亡くなるのはいやなので、ちょっと変な時間だけどこれかいておきたいなって思ったので記しておきます。



毒親の正体を知ることが、信じて騙されたって現実を見るのがつらくてこわくてしょうがなかった私が、今ではそれが逆に心の支えでもあり・ほこりでもあり、



第二の人生の生命力の源にもなっています。






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毒親の正体知らないままあの世に行かなくてよかった

Posted by ○蒼衣○ on  





メチャクチャ久しぶりのブログです。



コロナで色々忙しくなって、すっかり遠のいてました。



いろいろ思う事はあるのですが、吐き出したいとも思うのですが、なにせ自分だけじゃなくて周りもこのコロナに振り回されているので、



予定が予定どおりにすすまないことが多くて、時間ばっかり取られてしまいます。(きつい)



そしてまわりでは「コロナ鬱」なんて言葉も聞いていて、職種によってはかなり厳しい展開で気鬱になってるみたいですね。



自分はいまのところなんとか平気な仕事ですが、、「死 / に たい」なんて言葉をSNSなんかで見かけるようになると、いろいろと考えてしまいます。



多分毒親にずっと汚されてきた人たちは、一回でもそういう気持ちになった事はあるんじゃないかな。




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私は、何度もありました。



というか、生まれて来たくなかった。



なんで競争を勝ち抜いて卵/子にたどり着いちゃったんだろう、みんな「未来」をわかっていたから寸前で躊躇して、あとからモタモタ流されるように



やってきた私がちょっとぶつかったりして押し出されてひょいっと「到達」してしまったのかも・・・なんて何回も考えていました。



うっかりというか、不幸にもというか、たまたまであって、「子どもが親を選んで生まれて来た」とかはだいきいらいな言葉でした。



でも、当時毒親に最大級にある呪縛をかけられていた私は、自らあの世にいくことは絶対許されない環境でした。



だからもう、生まれてこない妄想と、「仕方なく」事故か何かで「解放」される妄想と、誰か・・・しかも「家族」を助けて・そのせいで



殉死のように亡くなって・ならば少しは役に立ったと相手に思われたい・・・とかそんな消極的な事ばかり考えていました。



だけど今思うのは、何度思っても絶対に揺るがないのは、毒親の正体とトリックを知らないままあの世に行かなくてよかった、ということです。





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毒親持ちだと「どうして」ばかり考えるけど

Posted by ○蒼衣○ on  




毒親もちって、「どうして」ってばかり考えちゃうんだなって、途中で気づきました。



ふいに交通事故死してしまった家族や・通り魔などの凶刃に倒れた子供の親が、「どうしてうちの子が」って会見で良く言うじゃないですか。



あれと同じで、なんで自分はこんなに親に愛されないんだろうって、考えてばかりいました。



子供の頃って思考よりも感情がやや優先していた方が生きやすいと思うのに、常に思考・思考で・・・思考の人でしたね私。



しかもどうすれば愛されるんだろうとか・なんで自分はダメなんだろうとか考えてばかりいて、そんな自分が尚更嫌いになる・・・と言う悪循環。



せめて、理由くらいは知っていたいんですよ。



じゃないと、何の理由もないのにここまでされるなんて恐ろしすぎて認めたくないから。





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でも、毒親がうまいこと本音を隠してるし、こっちのせいにしてくるし、子供としても親よりも自分に原因があると思う方がある意味楽だから…



ついつい刷り込まれた通りに自分のせいだと思ってしまう。



楽って言ってもね、大手を振っておひさまのもと楽し気に暮らせるような楽じゃないんですよ、まやかしです。



自分のせいじゃなくて親のせいで、大した理由も無くて、ただただ親が悪党なせいで、自分が搾取されてこれからもどうあがいても永遠に愛されることがないなんて



そんなの子供の頃に知りたくなかったし、自分のせいだと思えば自分が努力すれば何とかなるって思えるから・・・まだ希望を持てるから。。



だから、必死だったなあ。



答えなんかないのに。



前だったら、私ってバカだなあってまた精神的なトドメをさしていたんでしょうが、今はそうは思わないです。



騙されたし悪循環にはまっちゃったけど、子どもだったんだもん・・・わからないよね。



うまいこと偽装されていたし、世の中のみんなは今よりももっともっと親に従順であれ・親の愛を疑うな世代だったしね。



ほんと、わかるわけないよな・・・ってしみじみ思ってしまいます。



前だったらそんなの辛すぎてそれも認めたくなかったけれど、今は自分めっちゃ大変だったな・・・騙されてたの辛かったな・・・それでも解脱できたんだから、



自分取り戻せたんだからよかったな・・・あのままで死にたくなかったな・・・って、ギリギリ間に合ったって心底思えるんです。



自分の味方になるって、こう言う事ですよね。



なんでもかんでも自分を批判して理由を見つけた気になって叩きまくってた時もあったけれど、今は公平な目で見て「そりゃ騙されるよね」としか思えなくて・・・



そう認めてもこころが壊れなくなった自分を、そのまま受け止めてあげられてる感じです。



「どうして」ってずっとさがしてたし・その一番ばっちりな答えを見つけた時に全ての暗雲が晴れて今後を照らしてくれるのかと思っていたけれど、



そんなの無くても・・・目の前に雲一つない感じですね・・・。



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口の中に痕がある

Posted by ○蒼衣○ on  




その後も生きてます。コロナとか怖いですが今のところ、平気です。



前はとにかく毒親につぶされかけてたので、毎日疲れててでも自分では終えられなくて、真似はできなくて、だから何かに人生終えるような…綺麗に終わるような状況望んでたんですけどね。



でも今は毒親の洗脳が解けてだいぶたったので、しぬのは怖いかもなって思えてきています。



でもやっぱり感情が摩耗してて、自分がどこまで現実実感できてるのかわからないです。



もっと実感して生き生きと生きたいけど、色々感じてしまうと持たない気もするし難しいです。



でも自分がこう!と決めたら加減できるものでもそもそもないので、考えるだけ無駄に近いのかな?



それでもついつい考えちゃうんですけどね。





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ただそういうときって口の内側を強烈に噛んでる?みたいで、口角から奥歯のあたりの口の内側、口内炎とかできるところに、みみずばれみたいなもこっとした痕ができてしまっています。



これ頭痛の原因になるからやめたいんですけどね。



でもいつの間にか気づくと、特に親を警戒したりなんか思い出したり、ふと無意識にリラックスできてない時に、吸うように噛んでしまっている。



噛み切ってはなくて軽く噛んでる感じなのに、したの先でなぞってみると結構盛り上がっててビビります。


歯医者さんにも寝ながら無意識に噛んでるみたいでアトできてるね、なんて言われてしまった…。


もういっそ口を半開きにしてようかな?とも思ったけど、かと言って口開けながらだと喉乾くしコロナもダイレクトに肺に入るから良くない伝説あるし。



ほんとかはわからないけど。鼻呼吸の方が体には優しいって言いますよね…。



あーこうしているうちにも自然に噛んでる。


それが自然なんて、なんかやだな。



何もかも忘れて泥のように眠り、目覚めた時に頭の中真っ白に綺麗になっていたい。



いつか気づいたらそうなってたい…いいかげん、この手のことで頑張らなきゃいけないの、そろそろ終われば良いのに。








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親が敵に回る恐ろしさ

Posted by ○蒼衣○ on  





育児していて、母親が憎まれ役になって父親がフォロー役に回って、それでうまくいくことがあるじゃないですか。



ちょっとしたことなんだけど、片方が正しく導こうとして、もう片方は本心を隠しつつ・子供の味方もしつつ・さりげなくフォローすると言うか。。



自分がそう言う風に子育てしてて、子育てが終わった後もそんな構図がたまーにあって、子供と交流していると・・・。



しみじみと、親が敵に回るのって本当に怖いなって思うんです。



だって、そんな風に片方ずつの役割で・・・ひとりは味方がいるとかじゃない。



二人共甘々だったら子供にとってよくないのだろうけど、二人共・・・両親どっちも毒親って本当に最悪。




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うちは片方が知恵が回る系のサイコで片方が暴力系のDV親だったから、相乗効果もあって破壊力すごかったです。



だから、振り返れば誰かがいるうちの子たちって本当に羨ましいなあって・・・ついつい思ってしまいます。



そういう、片方ずつの役割をしていても親ってこれでいいのかなとか、子供の為にはどうしたらいいのかなとか真剣に悩んだりもするのに、



うちの親全然そんな事無かったな。自分の利益しか考えてなかった。



ひととひとの間で片方が常に利益を生むためには、非常に歪んだ圧が加わり続ける訳です。



あそこまで徹底できるのってすごいな~と思うけど、スタートが違うんですよね。



向こうはひととひとの絆なんて信じてないし、親子の情なんてものないし、そんなものは人をだますための「釣りの餌」だと思っているから、



こっちが訴えかけても「騙されないぞ」って感じだし・「その手でくるの?」レベルだし、宇宙人やツチノコよりも信じてないんじゃないかな。



愛とかうすらさむいんですって。DV父の方は愛を語るのが好き(欲するために)だったものの、母は冷淡だったな・・・。



何か思い出すたびに・今の家と違うと感じる度に、親が敵に回る恐ろしさを痛感します。



でも前進なのは、今は・・・そんな中で生き残った自分って本当にすごいんだなってするっと思えることかな。




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アレサエナケレバと考えてしまう

Posted by ○蒼衣○ on  



毒親からの呪いはだいぶ解けたけど、そのために・・・断ち切るために通過しなければならない大ショックと言うか、事件があったので、それ以降できないことも多くて。


だから、もっといろんなことができるようになりたい、元どおりになりたい、最後あんなに我慢しなきゃよかった、



もっと早く逃げれば良かった・・・とたまに考えてしまいます。



面白いですよね、昔はもっとこうすれば・ああすれば親の機嫌はよくなったのでは?間違えなかったのでは?とか必死に考えてたのに、



今じゃそれが全部無駄で・渇いたような感じでアレサエナケレバって思ってしまう。



毒親や何やらがもうどうにもできないモンスターだと言うのは思い知ったので、せめて最後の方でトドメかのように貫かれまくった衝撃のひとつでも発生しなかったなら、



自分はもっと今生き生きしてられるんじゃないか・・・と思ってしまうんです。



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本当、そこだけは悔しいな。



子供の頃の事って、ここまで呪いが解けるといまさらどうにかなる気もしなくて、ただひたすら「よく耐えたな」・「ほんとよく頑張ってたんだな」って思うだけ。



(昔はなんでもっと頑張れなかったんだろう?だったのに)



アレサエナケレバ・・・今の私って自覚してるよりもおっかない目に遭い過ぎて、見えない恐怖の縄でまだがんじがらめにされてるのかな。



頭の回転が戻らないし、集中力も足らない。



前よりは100キロくらい体重が減ったかのように体が軽いけれど、頭の中・・・もっとスーパーコンピューター並みにざーっと色々考えられたのに・・・。



今どうしてもガタガタなんですよね・・・。



だから自分の気持ちが上がるもの・上がる人といて、なるべく底力と言うか・生気を取り戻せるようにはしてるけど・・・。



数字的にデータが出るものじゃないから、今自分がどの程度どうなのかもわからないし、もどかしいし、やっぱり不完全さばかり見えてしまって。



当時の能力気力が100だとして今40だとすると、その中で必死にやりくりして家族には迷惑かけないようにしてるから、家族には私がここまで苦しんでいるのはあまり伝わってないみたい。



孤独な闘いなのが辛いです。誰かと共感しあいたいけど難しい。



こういう時女親や・女姉妹がいたら・・・なんですけど・・・そもそも、ですしね・・・。






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そう言えば毒母は政治家こき下ろすのが好きだったな

Posted by ○蒼衣○ on  




そう言えば、毒親・・・特に毒母は、ニュースや情報番組見ながら政治家をこき下ろすのが好きでした。



叩かれて当然!



税金泥棒!



あれもこれも手厚く支給しない癖に、議員の特権でうまみを吸いやがって!



もっと国民の暮らしを楽にしろ!あれもこれも足らない!なってない!!って嬉しそうに叩きまくってましたね。



支持政党は特になしで、財源どうするの?と思っちゃうような甘ったるい事言ったり、それでいて隙あらば脱税しようとしたり(これまた無計画に)。



脱税に関しては口ばっかりの願望だったけれど、とにかく聞いていると疲れました。





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でも今ふと思うのが、これって・・・政治家だけじゃなくて、娘たちにもそういうスタンスだったんですよね。



何から何までなってない、叩かれて当然、もっと手厚く面倒見ろ!!ってね。



例えて言うなら子供や政治家は生徒会委員みたいなもので、限られた予算や時間をやりくりしてあちこち折衝して・物事作り上げて行かなきゃならないのに・・・



もちろん怠慢な政治家もいるでしょうが、なんかとにかくこき下ろす態度が半端じゃないんですよ。



愚痴とか不満とかじゃなくて、宗教がかってるって言うか。



どうせ何頑張っても、ろくすっぽ褒めはしないの。



どこまでもどこまでも、要求しかしない。



こんな事言うと政治に不満がある人は毒母の肩を持つかもしれませんが、ちょっと普通のスタンスとは違うんですよ。



でもそんな政治に対する姿勢に、やたらと子供に対する姿勢と同じ雰囲気が溢れていたなあと。



そりゃああんなんじゃ、いくら子供が尽くしても意味ないよなあ・・・なんて振り返ると思ってしまうんです。




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「うんざり」にいい意味で敏感になった

Posted by ○蒼衣○ on  




毒母から離れて解毒が終わってしばらくして、やっとその生活が馴染んだ今思うのは、当時細かい事を気にかけているから(毒母がそう刷り込んでいた)うまくいかない・悲しみがぬぐえない・自己嫌悪がおさまらないのかと思っていたのに、



全然そんな事無かったんですよね。むしろ、全然麻痺していて何も分かっていなかった。



本当は自覚しているのの1憶倍疲れていたし・うんざりしていたし・キャパこえてたし・・・今思うと、よくぞ「もっていた」・「なんでもっていたかわからない」・「知らぬが仏レベルだったのでは」と呆れる程。



で今、そんなストレスの源と関係を絶てて思うのは、私すごーく「ウンザリ」に敏感になったなあと。。



でもウンザリに敏感になると、日々ストレスがたまるのかと思ったら・・・逆なんですよ。



自分に不当に嫌な事言ってくる・マウンティングしてくる・ろくでもないことを言ってくる、疲れさせてくる・トラブルに巻き込んで来る、そんな人からはすーーっと素早く離れるようになったし、離れられないまでも呆れ果てて心理的距離を取るようになった。




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だから、うんざりしたらそれ以上その人との関係をいいいみで何とかしようとは思わないし、あ・もう潮時なんだって思っちゃう。



なんかこんな風に書いてると危険な考えなのではとおもうかもしれませんが、そんな事が出来るようになってから人間関係ってとっても良好です。



この歳になると仕事や生活でいっぱいで、あと時間があるなら心に余裕を持っていたいから・・・人間関係で無駄につかれたくないし、限界をいい意味で知れた気がします。



たとえばいま自分に100の気力体力時間があるとして、それを1週間・1ヶ月単位でうまく割り振って使って行かなきゃならない。



そんな中で、他人の評価を自分の評価にしようとしたり、「合わない人」のためになんとかするのって本当に無駄で、そんな暇があったら逆に自分が高め合える人を捜した方が良いし・一緒にいたほうがいい。



なんかいい意味で、その辺ドライに・シビアに・でも現実的に動けるようになった気がします。



この歳になっても趣味友で意気投合できたりすると、本当にたのしいもの。



で、無尽蔵に気力体力時間があるわけじゃないなら、そう言う所に効果的にそれらを投資して行った方が良い。



その辺の運用が慣れてくると、本当に「うんざり」するものにわざわざ近寄ろうとも思わないし・すぐ避けちゃう。



最低限の付き合いとか・やるべきことはやらなきゃいけないけれど、それ以外の所では驚くほどラクで・空気が良くなりました。



人間関係考えた時に、こんなに高原の風を感じるみたいに爽やかな脳内なこと、あるんだなあってしみじみ。



生きていれば多少何かあったりするけれど、基本スタンスがそうだと心底楽です。



できれば生まれた時からこうでありたかったけれど、何も知らないまま命が亡くなるより・そこそこの歳になっても気づけてよかった。。



いま掌の中にあるものを大事にしながら、生きて行きたいと思います。





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「産んでもらったんだから」と毒親被害を軽視する周囲はセカンド.レ●プと同じだと思う

Posted by ○蒼衣○ on  




これも最近よく思うのですが。



ツイッターや報道なんかを見てると、すごくセカンド.レ●プに関してって認識が高まっていて、アレを言っちゃダメだ・これを言っちゃダメだってなってるのに・・・。





毒親被害について「産んでもらったんだから」とか「親の悪口を言うなんて」って、周囲は平気で被害者を叩いてきますよね。



あれ、毒親の毒が抜けた今からすると、本当に違和感です。



あんなの言っちゃいけない。



育ててもらった恩があるじゃないかって言うなら、じゃあお金をもらっている恩があるって言うなら、ブラック企業に勤務している社員は会社に対して文句を言えないし・被害を辛いって言えないし、



養ってもらってる恩があるって言うなら奥さんは夫のモラハラや暴言について嫌悪感を示したり・改善して欲しいと願う事も禁止なんですか?と言う感じ。



何言ってるの・恋人や会社とは違って親子の間には生命の奇跡があるでしょう、みたいな言いかたも嫌い。





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生命の奇跡によって親子の素敵な縁が結ばれるならともかく、毒親被害の子供に対してそんな「非科学的な事」で考えを改めろって言うノリ、ただの犯罪者擁護だから。



ちょっとやそっとの思春期の反発心とかじゃない、根本からの被害があるから長年苦しむわけで。



「あー私も親に反発心抱いた事はあるけどもう通り過ぎたかな」みたいな余裕の意見でマウントかましてこられても、話のレベルがちがうもので偽善ぶられても意味がない。



物事、程度と状況次第なのに、そんな大枠で同じだから!でも私は乗り越えたから!ヅラしてくる人なんて、もっと他に乗り越えなきゃいけないデリカシーの壁でもあるのでは?とか思ってしまいます。



ただでさえ、長年毒親に制圧されていると、自分の被害も自分の存在も過小評価して・すべて自分のせいだとしょい込む傾向があるのに・・・



そんな人を死.体 蹴りするようなそういう「偽善ぶった言葉の暴力」は、ただのセカンドレ●プと同類だと思うんです。



相手が親だろうが何だろうが、苦しかったら苦しいって言ってもいい・辛かったら辛いって言ってもいい。



恋人や会社なんかと違って、子供は親を選べないのだから。



子供が親を選んだ理論みたいなのってセンチメンタリズムにあふれてて自己陶酔できるんでしょうけれど、じゃあ人にそんなに突き付けてくるなら科学的に証明してくださいよって思っちゃう。




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受験シーズンが一番辛かったかな~

Posted by ○蒼衣○ on  



子育ての時結構きつかったのが、意外と子供が大学受験期になった時だったかな。



これは自分だけで、普通毒親持ちのお母さんが子育てしてて辛いのって、赤ちゃん~5歳くらいまで?なイメージなのかな。



ドラマとかでもせいぜい小学生くらいまでですよね。



でもそれまでも散々振り回されて大学受験期はトドメのように色々されたので(ちょっと公開のブログには書けない事件が色々ありました)、どうしてもよぎってしまって。



自分はあの時の両親みたいなことはしてないけど、でもしてないからって何か不味いことを少しでもしてないわけじゃないのかなとか、細かいことが気になったり。



気にしないようにしてても夢に出てきてしまって、うなされたり。



ドラマや漫画で不倫とか浮気してる人が、彼女にバレた!って夢見た時、真っ青になって心臓がドキドキしまくって汗だくで起きたりするじゃないですか、かっと目を見開いて。



あー夢だったんだって。



そんなことが、何回もあって体によくないなと思ってしまいました。




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胸のあたりがドッコドッコおかしな感じで、違和感感じてくわっと目を見開いて起きるんですよ。



もう300mくらいダッシュしたかのような心臓音で、汗もかいていて。



でもまだ毒親の毒が抜ける前は、「なんでこんな夢見ちゃうんだろう、いつまで忘れられない(性格)なんだろう」・「なんでどうにかできなんだろう」って考えちゃったけど、今は「ああ、それだけ嫌だったんだろうな」ってシンプルに受けとめることができています。



毒親からの被害って、幼少期のものよりも思春期のものを「辛い」って思うのって、例えば知り合いに言っても全部「反抗期で親の気持ちがわからない未熟な子供」扱いとかされて難しいんですよね。



で、自分でもそう思ってそのままを受けとめにくい。



幼少期だけじゃなくて、思春期ならではの・思春期だからこその辛い「毒親の毒」ってあるはず・あって当然なのにね。



だけど、それができるようになって・・・。



そうしたら、だんだん夢の中でも悲しんだり言い返したり(ほんのちょっとだけど)できるようになってきました。



辛い事を辛いと認識する事も、訴える事も中々できなかった。



認識してないから・訴えられなかったからじゃなくて、明らかに弾圧された結果だったんですよね。



こういうのが一切ない家庭っていいな。



もう少しくらいなくても、でもいい、位なんだけど・・・。



毒が抜けても、「もしなかったら」って生活、全然ピンとこないや・・・。



ただこの歳になっても夢の中で言い返せるようになったり、少しずつ次のステップに上がれてるのは大きな前進なんだろうなあとは日々思います。





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気付けば新年2週間。毒親の居ないお正月はラクでした

Posted by ○蒼衣○ on  




気付けば新年から2週間。



年始年末は多分人生で一番ノンビリしてたかも・・・。



実家に居た頃は年始年末だろうがイベントだろうが、鬼畜たちが逆に大集合で余計に大騒ぎ・大喧嘩・かと思うと気持ち悪い位ベッタリして褒め合ったり・・・(時にマウント)



なんなのこの人たちって感じだったので、そう言うのが無い今の風景はとっても平和です。



ずっとあんなお正月しか味わえない人生かと思ってたけど、結構違うものなんですね。



でもまだピンと来てるんだか来てないんだかわからないところもあって。



あんなのじゃなくなって「嬉しい!!」って飛び上がる感じはないんですが、「ラク!!」と言うのは一番感じるかも。



日々、都度、折に触れ勝手に感じるかも。




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ラク、ですね確かに。



毒母と離れたりして、一番思うのはそれかな。



解毒が済んでなかったころは悲しかったし・切なかったし・何だったんだろう・・・って戸惑いとかでいっぱいだったけれど。



それらは100m先の張り紙に書いてある文字くらいの印象しかなくて、剣のように心には刺さって来ないかな。



でも本当に何もない「ラク」な状態って、まだ人生で味わった事ないんですよね。



未だに色々頭をかすめたりするし、何か取捨選択する時って解毒できてなかったころの価値観がぱっとよぎって、それを蚊に刺されたときに肌をパチンと叩くかのように退治してから、もう一回見る・・・



時間と気持ちのロスが結構あるので。



前よりはだいぶなくなったけれど、これがなくなったときって・・・どんなふうに世界が見えるんだろう?



治り始めは果てしなさすぎて全然実感わかなかったけれど、今これだけ途中でもこんなにラクだと思えるなら、少しずつでも近づいて行きたいなあと感じてる新年です。





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着衣水泳ぐらい疲れる悪夢は見なくなった

Posted by ○蒼衣○ on  



心がモヤる時って、みずみずしい感情で・・・できれば感動の涙とかで心を洗い流したいなあと思うんだけど、まだ映画とか見る気になれないんですよね。



なんか余計な事思い出しちゃう時もあるし、母性愛ネタとか入ってくると毒母思い出して辛いし。



お葬式や人が亡くなるシーンも、姉を思い出しちゃうので無理なんです。



なんか・・・それを見てその場で狂ったように号泣するとかはないけれど、多分表情が曇って頭痛が酷くなるのだけだけど、結構長期的に眠りに響くんですよね。



上手く眠りが深くならないし、うなされるし。



そう言えばずっと夢でうなされてたのに、毒親と心身ともに決別しきれたあたりから、ほっとんど見なくなりましたね。



すぐその日に!って訳ではなかったものの、安定してそういう思考になれたらピタっと止まった。



それだけでもだいぶ楽だな・・・。



夢でうなされるのって本当にキツイんですよね。



一回目覚めた時心臓がマラソン時よりバクバクしていて、このまま死ぬのかと思ってしまいました。



毒親に規制されまくったから普段無表情めのくせに、こういう夢の中では内心・感情的にダメージ受けまくってる事とか多くて、すごくすごく負担だったんですよね。



着衣水泳してるみたいな疲れと徒労感だったな・・・それが終わっただけでも、本当によかった。







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ハツラツが足りない

Posted by ○蒼衣○ on  



その後まだ紆余曲折ありですがまあ、なんとか。


でも毒親と決別できてから、他人とうまく行かなくても抉るような瀕死みたいな痛みはほぼないかな…?


前はすぐ自己評価に結びつけていたし、全体考えてたけど、だいぶ範囲を広げることはなくなったような。



逆に、あんな馬鹿な人たちにいちいち関連づけて苦しんでた時代、何だったんだろうなと溜息ついちゃうことはあるかな。



もったいなかったなー。時は金なり、もっとその年代に合った青いこと考えてたかったな。



毒親と関わらなきゃ、もっと青春味わえたのにな。



毒親って子供が青春するのとか、ハツラツとするの嫌いますよね。



もう青春は難しいけど、今も、自分にはハツラツが足りない気がするなあ。



なんか、戦後の軍人さんみたいなところがあって、疲れちゃうし疲れやすいし気力なくて…。



少しはハツラツあるんだけど、油断してると毎日過ごすだけでいっぱいいっぱいの無感動・後遺症の離人感たくさんになっちゃうからなあ。



来年はもっとハツラツとしたいし、ハツラツとできる種を探しに行きたいな。


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心の開き方って難しい

Posted by ○蒼衣○ on  



今思うのが、心の開き方って難しいなあと。



前よりも毒母たちの毒が抜けて、すごく変な人は遠ざけられるし良い感じの人とは仲良くなれるけど。



世の中、その他のよくわからない人達が大多数だったりするじゃないですか。



なんかその辺、微妙に合わないのに職場や家族として関わりを持たなきゃならない相手へは、未だにどうしたら良いか分からないですね。



調子良い時はそこまで悩まないけど、ちょっとつまづいたり・親しいとおもってるほどそうでもなくて相手が傷つけてきてきた時とか。


なんか、よくわからなくなります。



今日もやな事あって、凹んでしまいました。



こんなに大泣きしたの何年ぶりかな。



なんかすごく疲れる。



毒親ほどではなくても、やはり少しは悩む時あるね。



前の癖でネガティブになったりもするかな。前みたいに深さはないけど。



なんか、生きる才能とかないのかな?とか、人付き合い運無いのかなとか。



なんとなくな置いてけぼり感がして、辛いな。



普通って難しいね、なんか猫みたいにツンケンしても愛されて可愛がられる生き物もいるのに、色々気を遣ってこれかー、みたいな。



まあおいおい風向きも変わるのかな。早よ変わってほしいよ。






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具合悪いのに走れて気持ち良いって凄くない?

Posted by ○蒼衣○ on  



日照量少ないせいか、相変わらず体調微妙…。



早く春になって!花粉症あるけど!!それでも!!!と言う気持ちでいっぱい。


でもこの間、体調も気力もイマイチだったのに走れたんですよ!!!



もう毒母に生活めちゃめちゃにされたから、余計な事するのも怖くて仕方なかったのに。



毒母いなくなっても、恐怖だけがいつまでも残ってたのに。



もうほんっとに振り回されて追い詰められたから、日々何をどの程度やればセーフかアウトかも分からなくなってて、でも必死に日常こなしてて。


それが何年も続いたのに…ここまでこれるとは。



しかも走れたあと、後悔とか怖さじゃなくて気持ちよさだけが残ったんです。



この歳になってもこんな新鮮な驚き、感じれるんだなあって心底感動しました。



全快には程遠いんですけどね。


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生き延びたんだなあ

Posted by ○蒼衣○ on  



日照量で悩んでいたけど、ゆるーいジョギングでランナーズハイみたいな時間増やしたら、今度は色々できるようになってきました。


なんだろ、この二転三転。


そもそも走れるなら元気じゃん!と言われるかもしれませんが、自律神経ぶっ壊れてからだいぶ経つし、できなかったこと多いです


毒母に完全に潰されてここの数年特に離人症酷かったし



でも最近離人症弱まって現実感増した時、キミワルいとか気持ち悪いとか違和感感じなくなってきた。


慣れたのかな?少しは??



怖くないと思えるようになって来たのかな?



だったら嬉しい。



生き延びたんだなあ、って感じです。



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冬場はやっぱり体調キツい!日照量足りない!

Posted by ○蒼衣○ on  



グッと冷え込み、ここのところお天気も悪くなったせいで、起きた時に微妙ーに手が痺れてる?の復活してしまった。


あ、アル中とかじゃないんですよ。



自律神経ダメな時は、この独特な手先の痺れ出るんですよね。



うう、辛い…。



真っ青な空とエメラルドグリーンな木々と、穏やかな気候で…もう一生毒親に会わなくて良いなら、もう味合わなくて平気なんじゃないの?これ?なんて、思わず妄想しちゃう。



夏場は楽なのになぁ…まただめかー。


また、だめ、となると、この相乗効果ってドカンとした恐怖になるからヤダ。


春来ないかなあ…冬季うつってほどではないけど、ながーい冬をどうしたものか…。



首も凝るのに揉んだらだめとか、世では言われてるしなあ…揉みまくって肩こり無くしたい…。


あーでも最近粗大ゴミ出せた!かねてからなんとかしたかった物。


ちょっと、ううん大分スッキリできた♪




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離人症良くなったら逆にビビってる

Posted by ○蒼衣○ on  



ここの所、山籠り効果で急に離人症が良くなったのですが、嬉しいと言うよりはビビってると言う表現の方が近いかも。



ビビリ98%、嬉しいパーセントって感じかな?



部屋の中の物とか光に身近感があるけど、生々しくてビビる。



生々しいって人や感情に使う表現かと思ってたのに、案外違うものにも感じるのね。



あーわたしここにいるんだな、でも現実味にビビるのは不慣れだから?



また戻るかもしれないと危惧してるから?


でも感覚ないのを悩むより、こんなふうに感覚あるのに違和感感じる方が百万倍いいや。



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山籠りしてました

Posted by ○蒼衣○ on  




割と長めに、人生初めてって言うくらい山籠りしてました。


なんか毒親の呪縛からは大分逃れたけども、たまにバイオリズムなのかゆるっとした閉塞感あるんですよね。


何故なんだろう?



でもやっぱり、多分疲れたんだと思います。



毒親との人生って、当初自分が思っていたよりもずっとずっと疲れてる。


それでもそう考えた時、今はそんな絶望感とかないしむしろちゃんと現状を受け止めてる感じがして、満足すら得られるんだけど、やっぱり閉塞感だけはどうにもならなくて。


周りの人は親のこと悪く言うなんてとかゆーけど、親が癒しくれた事なんてないよ。



何も言わぬ木々や大自然の空気、川のせせらぎなんかの方が、余程癒しをくれる。



あの世界とこの世界が繋がってるなんて、なんかまだ信じられないな。



小さな薬瓶に閉じ込められて密閉されてた私の人生、何だったんだろう。



疲弊と翻弄で生きてる実感なくて、旅行しても前はふわふわしてあまり意味なかったけど…



今はあーなんかここにいるなあ、この世界に受け入れられてて存在しても良いんだよって思われてるなあ、って気はします。





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カウンセリングマシーン欲しいな

Posted by ○蒼衣○ on  


毒母が色々うちの家族にやらかしたから、ごく身内はその毒性知ってる。



でもたまに苦しくなって吐露したくなっても、やっぱり反応良くないし諦めてしまった。



否定はされないけれど、彼ら自身にもトラウマが残ったから話を聞くの辛そう。



だから滅多に話しないし、でも実家とか親の話、日常会話でも普通に出てくるものだから、そこを避けて話すると



いちいち気を遣って回避する手間隙がつらい。



それでもやるけどさ。



だからストレスたまる。



高齢でペット飼えないおばあさんとかが、ネコがうなずく?反応する?ぬいぐるみを買ってると聞いたけれど、そういうカウンセリングロボットと言うか、カウンセリングマシーンと言うか、お話マシン欲しいよ。



カウンセリングしてうんうんお話聞いてくれるやつ。



かえって人間じゃない方が気楽かも。



前よりは全然楽だけと、だれにも負担かけないでそんな寄りかかるところも欲しくなるな。



たまーに、疲れが出る。




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毒母が嘘つきだから親戚の集まりにももういけない

Posted by ○蒼衣○ on  




うちは結局毒母が最高に外面が良いので、親戚ほとんど持っていかれちゃいました。



親戚内にごく少数本当の事を分かっている人がいるけれど、その人も板挟みにしてしまうので私は親戚の集まりにはもう全然出ていません。



色々みんなには秘密にしなきゃいけない事もあって、まあ全体を穏便に済ませるためなんですけど・・・それらに気を使うの大変だから、私は引っ込んでいた方がいいって感じかな。



私が出て行くと、完璧に毒母が領地争いみたいな事を始めちゃうので。



なんだろう、静かなる戦争が強烈に起きちゃうんです。



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だから夏もお正月も、私には帰るところはありません。



実家が一番とか、お母さんの料理でゴロゴロできるとか、人生で一度も思った事なかったな・・・。



親戚は結構好きな人もいたんだけれど、もう会えないな。



みんな元気かな。



嘘をつくのが天才的に上手な人間が母親って、本当に悲劇。



私が大事な人、下手すると毒母に潰されちゃう。



姉みたいに、帰って来なくなっちゃうかもしれない。



だから引っ込んでなきゃならない。



とりあえずみんな元気でいてくれたらいいなとは思うけど、やっぱり結構切ないです。





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毒親育ちだとムダにエネルギー使い過ぎる

Posted by ○蒼衣○ on  




毒親育ちと一言で言ってもアレだけど、特にうちみたいな子供の自尊心を上手い事折って支配するタイプの毒親のもとで育つと、本当にムダにエネルギー使いすぎてたんだなって。



最近とみに、そう感じます。



一時、そんな毒親のもとで育ったから空気を読むのには長けていて、少しは役だったのかもな・・・なんて自分の事慰めてたけどそうでもない。



別にそんな育ち方しない方が、生き生き生きてるし、多少何かあって泣いたりわめいたりしてても抜けも早い。



自分みたいに最終的には私の能力が足りていなかったんじゃないか…とか責任感じて重々しくなったりもしないし、もっと軽やかなんですよねふつうの人。




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エネルギー使いすぎてたから、常に精神的な貧血とか過労みたいになってて、自分の人生満喫できなかったなあ。



すりガラスの向こう側から他人の人生を眺めてるようなところもあって、喜怒哀楽が薄かった。



だから楽な人生かと言うとそうじゃなくて、なんとか生きながらえて・必死にもがいてた感じ。



真夏に着ぐるみ着たまま毎日過ごしてるような、無駄な疲れ・・・要らなかったな。



前は毒親のシステムが分かると悲しくてしょうがなかったけど、今は「あーもうそんなだったら、自分が○○だったのもしょうがない」っていちいち「ちゃんと」同情できる感じ。



「同情」って悪い言葉に思えるかもしれないけれど、意外と支配型の毒親にけちょんけちょんにされてきた人には重要な言葉なのかも。



「同情」の反対言葉ってある意味「他人事」だから。



他人事で突き放したまま、自分の尊厳なんて守れない。



自分の事なんだから、ちゃんと自分に感情を同じくして怒らなきゃ・反発しなきゃ・寄り添わなきゃバラバラになっちゃう。



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毒親って、看病一つでも違うよね

Posted by ○蒼衣○ on  



今月ちょっと夏風邪をこじらせ、高熱が出てて。


その間動けなくて子供に家事とか看病してもらったんですけどらなんかここでも毒親との違い感じちゃいました。


うちの毒親いつも不機嫌で体のあちこちの体調不良を訴えて私をこき使ってたんですよね。



でもそれでいて感謝なんてされてないか口だけで、すごく不満で足らなそうなことばかり言われてました。



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でも今回子供に看病してもらって、そりゃ足らない所あるしもっとこうしてほしいなとか思うところもあったけど、やってくれる気持ちがありがたいし・心配してくれる気持ちも嬉しいし。



たくさん要求できず遠慮しちゃう自分が悪いんであって、子供のせいじゃないですよね。



だから、自分って子供のくせにあれもこれもそれもやらされて、本当頑張ってたんだなって今なら分かるんです。



そこまでやる子なんで、あんまりいない。



私は親に普通である事を求めたけれど、私は足らないと言う評価だった。


でも蓋を開けてみたら、自分は十分で足りてないのは毒親だった。



私、とてもじゃないけど看病してくれる子供に舌打ちなんて出来ないです。



チッ



たったそれだけの音なのに、よくそんな事が言えたなあウチの親と思うし、当時固まっただけだった私も、本当は深く深く傷ついてたんだと…



今なら、わかります。




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たまにやっぱり寂しくなる時があります。

Posted by ○蒼衣○ on  




それでもたまに、落ち込むっていうか寂しくなる時があります。


あの世界、なんだったのかなあ。



なんで私は、こんなにたくさんのものを失わなきゃならなかったのかなあ。



ふつーに享受して当たり前のように親の愛を貪って、あなただって当然そうだったくせに何スネてるの?みたいな人に馬鹿にされたの悲しかったなあ。


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なんか、疲れたなあ。



どこそこに旅行に行った時も大変だったけど、あの時はまだなんとかなると信じてたなあ、って。



恋人しゃないけど、親との断絶も悲しいは悲しいから、何年経ってもそりやゼロにはならない。


でもそう言う想いも悲しみも、前だったらナイフが根元まで刺さるくらいの傷みと苦しみだったものの、今は一瞬ペンライトの光源を見てしまった時位の不快感かな。


あのナイフが突き刺された日々、本当に辛かったな。





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昔はナイフ、今は枯葉一枚。

Posted by ○蒼衣○ on  



なんか思うのが、どんどん回復してるし自己否定も取れて言ってるけど、物心ついたころにはもうとっくに毒親の支配下だったので、完全にフリーというか、



ゼロの状態を知らないんですよね。



だから、今がどの程度回復してるのかもよくわからない。


ただ去年の今頃よりは出来る事が増えたり、し易くなって労力が減ったり。



感覚や味覚が落ち着いた感じで戻ってきたり。



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そういうのはあります。


でも普通の人ってこれを、最初から持ってるんだよね。



そりゃ強いわけだ。



前よりはそういうこと考えても悲しくはないけど、ほんとなんだったんだろうな、私の人生…とかは思っちゃいますね。



まあ前は胸にナイフが突き刺さる位の痛みを伴い、今は枯葉一枚が髪に乗ったくらいの感覚ですけど。







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毒親と離れて、正反対な傾向に。もっともっと貪欲に人を選べるようになりました。

Posted by ○蒼衣○ on  




だから、なんか自分は今ひとつで世間の大半はしっかりしてて…みたいな、よくわからない漠然とした劣等感が常にあったので。


私は他人の…ちょっと困ったちゃんみたいな人でも、自分よりはちゃんとした人なんだろう、彼女をよく思えないのは自分が良いところを見逃しているのだろう、自分がうまくやれないのは人付き合いがうまくないからなのだろう、そんな風に分析してしまいました。



だからいつも人付き合いは疲れてしまって、うまく楽しめなくて。



でもカラクリに気づいてなんとか劣等感を排除でき始めると、この世にはいい人、すごい人、普通の人、悪人以外にももっともっと細かい分類と言うか属性があって。



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いい人、普通の人の中でも、自分が人付き合いを楽しくできる相手って少ないし、そこだけを特に求めていってもいいんだなあ、と気づきました。



もちろん他を一切無視したり、いじめて疎外するとかじゃ全然なくて、そうじゃなくて、薄い知人枠にそこらへんは入れて遠巻きにソツなく人付き合いをこなして、マナーやルールを破らないなら、そこでの人間関係はうまくいこうがいかなかろうが、あんまり気にしない。



仕事として役所の人が、書類の発行を求めにきた人にサラサラと接する感じ?



距離感が適度にあり、失礼でもなく、別にスマイルゼロ円なノリでもないというか。



で、自分と話や趣味が合うひとらは全体の2.3パーセントはいるので、そこを宝探ししに行っていいんだなと。









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世間の毒親のイメージが短絡過ぎるんだよね

Posted by ○蒼衣○ on  


今ならわかるのが、世間の毒親のイメージが短絡的過ぎるんだよね。



ドラマでさ、一升瓶振り回したり、スナックのママが酒乱で子供に暴言吐いたりさ、汚部屋だったりさ、


会うたびにお金せびったりさ、なんだろうなテンプレートがあるよね。



でも実際はそれこそ普通の家で普通のマンションとか一戸建てで、酒乱でもスナックのママでもないどこにでもいそうな親が子供に徹底的に愛を注がないってのもよくあると思うよ。



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でもテンプレートじゃない毒親の子供は、中々世間に理解してもらえない。



あと全身痣だらけとかも、テンプレートだよね。



私よくひっぱたかれたり突き飛ばされたり色々やられたけどさ、


面倒ごとに巻き込まれたくないようなズルイ毒親は一晩経ったら腫れが引くくらいにしか叩かないんだよね。


攻撃から身を守るときは内臓防御するためにダンゴムシみたいに丸くなるのが普通だけど、逆にうちの毒親は内臓狙わなかったな。


目立つふくらはぎより太ももとか、背中とか、髪を引っ張るとか。



あとに残らない程度にしつこくやるんだよね。


両肩を後ろから掴んでホームから突き落とそうとするフリとかさ。



そりゃああざやヤケドに比べたら軽傷なのかもしれないけど、ずーっとやられてる方は辛くて悲しいんだよ。


皮膚に痕がなくても、心には無数の痕がついてるよ。









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私の性格や言動のせいじゃなくて、毒親の性格と言動のせい

Posted by ○蒼衣○ on  




でも、違うんですよね。



そんな一貫性がない劣等感を植え付けられ、そして解消できなかったのは、私の弱さでも不器用さでも、そのどちらも理由なんかじゃない。


てっきりそうだと思わされてきたけど、全てカラクリがあって、仕組みに気づいて強い気持ちで断ち切らないと解消しようがないトリックに嵌められていただけで、不器用さや弱さなんかしゃない。


子供にそこまでし続けて刷り込むなんて、何か真っ当な理由がないと出来ないと思っていたから…てっきり私に理由があるかと思ってたのに、ただ単に下に組みしく奴隷が欲しかっただけ、



八つ当たりといたぶりの相手が欲しかっただけ、自分だけが毒親は王様だっただけ。




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要は、私の性格や言動のせいじゃなくて、毒親の性格と言動のせいだった。



人のせいにするのはよくないと日本人は思いがちだけれど、人生の基礎を作る成人までの期間を特に徹底的に奴隷教育されて搾取され続けて来た私が



そもそもおかしいのはあっちだと言うのは罪でしょうか?



罪じゃなくてもこの世は耳障りが悪いことについて、黙るよう圧をかける傾向があります。



でも私は罪人じゃないし、何十年も黙らされてきました。



あんな毒親の元に「たまたま」生まれたからと言ってなぜ全てを飲み込み背負わされ封殺されなきゃいけないのか、



それがたったの「耳障りが悪い」と言う微々たる理由なのに。




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毒親の洗脳がなくなったら、解消しようのない劣等感を抱かされていたと気づきました。

Posted by ○蒼衣○ on  



私は毒親に完全服従を強いられ続けてきて、とにか世の中の人たちは


表向きは綺麗事を言っていても中身は違うと刷り込まれながらも、そんな大勢の人たちはちゃんとしていて、それでいて私は何かが足りないから親に愛されないのだ、


お前は普通のふりしてもどこか欠けている人間だと思わされてきました。


だから親の望むように優等生やいい子を務めても、結局は合格点など貰えない。



常に頑張っても残念な子であり、頑張りはプラスでなくマイナススタートを埋める刑務のようなもので評価には値しない、あがいてもあがいてもうまいこと人権を剥かれてしまう、そんなジレンマがありました。


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結局、毒親の子は罪人として生まれたようなものなんです。



罪の子とされているから、騙されたままだとその罪を贖罪するためだけで一生が終わる。



基本普通に生まれてきて、でもちょっと悪いことをしたからその分償ったり謝ったりすれば普通に戻れるのとは訳が違う。


生まれ持って罪人のレッテルを、こそげ落としたくても拭えない罪人の烙印を押されてから産み落とされたも同じ。


だから私は、いつも解消しようのない劣等感を抱いてました。







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毒親から離れて運動が楽しくなって来ました

Posted by ○蒼衣○ on  


毒母から離れて何年経ったっけな。


まだ二桁行ってないのですが、最近運動をしてて楽しいと思うようになりました。


それまでも少しは楽しいしストレス解消になってた気がするけど、なんかいつも壮絶に疲れていたし離人感が酷くて。



ただ単純な競技はまだ出来たけど、ダンスとか細かく覚えてタイミングがいるものがてんでダメでした。


最近気づいたんですけど、疲弊しても離人感酷くても対処できるように、私は相手の動きを予測して最小限の動きや解析で済むように動いていて、なんとか普通の人っぽいフリをしていたと思います。




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だからダンスみたいに上半身と下半身の動きが細かく違って、把握しにくいものは離人感と疲弊いっぱいの頭じゃついていけてませんでした。



でもここのところ、たまたまダンスっぽいものに触れる機会があって…



人生で生まれて初めて楽しいと思ったかも。



昔から豊作の踊りとか、人間たちは普通に踊りを楽しんでいたのにね。



なんか不思議。



今はへっびりごしながらに自分の思うように体動かせるのが楽しいです。



毒母はダンスや歌など、全般子供がやること嫌ったので。



人形みたいに座り呼吸しかしてない位が好きでしたね、毒母は。



なんだったのかな、あの世界。




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続き物のタイトルやめてみます。そして現況。

Posted by ○蒼衣○ on  




なんかずっと続き物のタイトルでいたけれど、100超えたのでちょっと思いついたことを思いついた順に書いてみようかと思います。



流れは前よりも前後しちゃうかも。でも更新頻度はその分あがるかも。



近況はと言うと、その後もそこそこ元気です。



ただ毒母と激しくバトルしたころの記憶が薄くなっていて、自分で思い出しにくくなることも相変わらずあります。



自分の身体なのに、普通の人みたいに自分ですべて探り当てられない場所がある。



なんか気持ち悪いな・・・でも、生々しく思い出さないように、心と体がストップかけてる感じです。



でも本当に、自由ですね。今。




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なくしたものも多いけれど、普通に呼吸ができて普通に二足歩行できるってこんな幸せなんだなと。



昔は胴体ぐるぐる巻きなのにそれでも這いずって普通の人間みたいに生きてきてて、酸素も薄かったし。



あれ、一体なんだったんだろうって思いますね。



おんなじ日本なのに、そこそこ豊かな現代なのに・・・何度振り返っても唖然としちゃう。



悲しいなあ・・・。前よりも、悲しいと思っても別に心がズキッともしないけど。



同じ地面の上に、その続いてる先に、まだあの鬼のような母が生きてるんだよな・・・ピンピンとして。



そんな複雑さを思い出すと、前だったらそこが心の結論となったけれど、今では「でもやっぱり今は自由で楽だ」と必ず思えるので、そこはかなりな違いなんだろうなあと思います。





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102☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。良い意味で「人生ってこんなもんなんだなあ」と。

Posted by ○蒼衣○ on  


なんでしょうね、その辺が分かった時に、「ああ人生ってこんなもんなんだなあ」と良い意味でしみじみ思ったんですよね。



もっと頑張って・怒られなくて・ちゃんとできて・自分を好きになれるような人生じゃなきゃいけないと思い込まされていたけれど、そんなにきりきり舞いに頑張らなくたって、本来は生きて心身がそこそこの健康でなんとなく前向きなら、それなりに普通に生きていける。



必死に「ダメな自分」を隠したりなんとかしなきゃって思わなくても、割とそのままでも生きていけるものなんですよね。



世の中には毒親のような悪い人間もいるし、ニュースをつければウンザリするような事件やもめごとが飛び込んで来るけれど、いい人だっているし・今日自分が乗った電車は誰かが作ってくれたものだし、



誰かが運転してくれたものだし、そこで使われてる電気だって誰かが設備を作って・そして管理してくれている人達のおかげでつかうことができている。



水道とかだってそうだし、図書館とかだってそう。



色々な人が普通に日々こなしてきてくれたことを通じて私はその恩恵にあずかれているし、この世に自分とよく性格が合う人だっている。


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そこに出て行くために・相手に好かれるために頑張らなきゃいけない事なんて、日々のあれこれが90%とかで・残りの5~10%くらいでいいんですよね。いつもなんて。



婚活とかここ一番!とかではそのパーセンテージがあがるものの、私は毒母にいつも私生活を侵食されていて、本当に恐ろしいほど搾取されて、それなのに謝ることを強要されていました。



新興宗教みたいでした。いっつも必死になってお金を貢ぎ・祈ってないとこの世の終わりが来て罰を受ける・・・みたいな、そんな圧でしたから、うちの親。



何度かの決別のあと、最終的にやっと切り離せたとき、それでも壮絶な喪失感とか絶望感とか、いろいろな思いがこみ上げて来たけれど・・・。



日々過ごしているうちに、やっと痛手はだいぶ消えました。



後遺症的な物もまだあるものの、「人生ってこんなものなんだな」と当初は思うと悲しくてしょうがなかったけれど、今は同じ風に思っても悲しいと言うよりは、自分本当によく生き延びたな・・・とか、



生きていく上では「こんなもん」な出力で、全然いいんだな・・・って驚いてます。



しゃかりきにならなくても、誰も責めない。自分も自分を嫌いじゃない。



母との闘いで身体のあちこちを痛めましたが、私は今、頑張っていないのにとても幸せです。



後遺症はつらいけれど、それでも・完治していなくても、失った分よりも大きなラッキーが降って来てなくても、人生で一番心穏やかで幸せに過ごせてます。



それが普通の人の「人生で今が一番幸せ」なんて一切ヒビのないものとは全く違うのは分かっているけれど、それでももう悲しくはありません。



多少溜息は出ちゃうけれど、すごく何かを手にしたわけじゃないし、下手すると損しただけなのに、それでもとても地に足がついてて・生きている気がしています。






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101☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。自分の人生を楽しむのって、甘えじゃなくて公平な目なんだなあと。

Posted by ○蒼衣○ on  



なんていうのかな・・・。一部分だけをとらえてほしくないのですけれど、人間関係なんてなるようにしかならないんだなあって、いい意味で思ったんです。



いくら緩衝材になっても、揉める人は揉めるし。どうにもならないときはどうにもならない。



ただ炎上状態に油を注いだりとか、余計な事したりとか、そういうのはしませんよもちろん。



でも、過度になんとかしようとしてその結果うまくいかなかったからと言って、それをすべて自分でしょい込む必要なんてなかったんだなあ・・・



揉めない・失敗しない人生を理想にしちゃうと100点であり続けることなんてできないのだから、「ダメだった部分」ばかりに目が行ってしまう。



そうすると五月蠅い小姑を24時間365日背中に背負って監視されながら生きているようなものだから、人生楽しめるわけがないんですよね。



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毒親の元に産まれてくると、自分の人生を楽しめないし・自分の魂の操縦桿を毒親に占領されてしまうし、なんなら破壊されかけてしまうしでとんでもないことになるものの、もし「気づけて脱することができたなら」・・・



自分の人生を楽しめるように、もっと公平な目で自分のこと見てもいいんですよね。



自分に甘くしたらいけない・怒られるってイメージがどうしてもこびりついてたけれど、自分の人生を自分を中心に据えて楽しもうとするのって、普通であって基本的人権みたいなもので。



それは「甘い」んじゃなくて、「公平」なんですよね。



色眼鏡の色を落として透明のレンズで自分を見るのって、別にいけない事でも何でもない。



そりゃあ色眼鏡をやめて透明な眼鏡を見たら、いままで自分だけが黒くてしょうがないのかと思ってて、それは逆に楽でもあって…


世界は灰色の人がいっぱいいるって事を認めるのが怖くなったり、大した人間じゃない自分が他人を軽々しく悪くなんて捉えていいんだろうか?なんて思ったけど。


自己評価と言うフィルターなんて、いちいち通さなくていいんですよね。



まず見えたものをそのまま感じて、最終的な判断はあとにするとしても、すぐさま自己評価でその感性を左右しなくていい。


まずは、あれもこれもそのまま捉えても大丈夫。自分の気持ちの中に、感じたものをそのまま受け止めるスペースを常設していい。


世の中悪い人も居るし良い人も居るし、自分と合う人も居るし・合わない人も居る。



その中で、自分に合う人や素敵な人をさがして一期一会でも楽しい記憶を作っていく・・・それが、人生を楽しむって事なんだなあと。


争いが無くて疲れなくて自分を嫌いにならない人生を目指していたけれど、自分を公平な目で見れるようになったら、争いを見ても・人の嫌な部分を目にしても、以前よりはとても心が重くならないようになりました。




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100☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒親以外の場所では、やたら「自分の理想」を叶えようとして苦しみました。

Posted by ○蒼衣○ on  



あとふと思ったのが、毒親に「三往復」までは許される権利を奪われていたっていうのも、私が人間関係を築くうえで「やたら疲れてしまう」原因だったのですが・・・。



それ以外にも、なんて言うのかな・・・。



毒親に関わってすごく疲れていたので、私はその他の人間関係で揉めるのが嫌でした。



なるべく平和な世界にいたかったし、ケンカする声とかヒステリックに相手を操作する声とか、家の外でまで聞きたくなかった。



だからと言って、すぐそういう人の言いなりになるようなことは無かったのですが、1対1だとその手の地雷の人は避けたものの、ママ友や職場などでそういう人が一人か数人いるとして。



すると私は、まだそのグループの中でも穏やかな人を守ろうとしたり、「なるべくなんとかしよう」と緩衝材みたいな役目を果たしてしまうことが多かったです。



毒親はどうにもならないのは分かっていたけれど、自分の外の世界・・・小さな小さなその世界位は、なんとかできるのかもしれない、なんとかしたいとか思ってしまっていた。



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でも別に他人を操作するとかじゃなくて、いじめられたりむやみに八つ当たりされているような人が居たら助けたいと思ってしまったし、それが失敗に終わるとすごく落ち込んでしまったし、救えなかった自分をすごく力不足に感じたし、



「やっぱり自分って、うまくできない人間なのかなあ」とレッテルを貼ったりしてしまいました。



だけどこの世の中色々な人が居て、なんとかしたくてもご縁とか相性とかタイミングとかいろいろな物で成り立っているから、どうにもならない時もある。



意外と、どうにもならない時の方が多い。



だけど、外面が良い毒親の両親の陰で、私たち姉妹の被害ってうまく隠されていたから・・・。



もし声を上げられないでいる被害者が居たら、やっぱり救いたい・・・せめてこの場の理想くらい叶えたいとか、思ってしまったんです。



でも今は、いい意味でその考え方が変わりました。



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99☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。「言われた本人がイヤだと思ったらセクハラ」なら、毒親被害も同じだと思う。

Posted by ○蒼衣○ on  




もし毒親被害に同じように遭っている人が居たら、理屈とか精神論みたいなものじゃなくて、頭で感じたものじゃなくて、もっと体で感じたものとか、違和感とか・なんかオカシイってカンを信じていいって伝えたいです。



毒親被害の認知ってまるで殺人事件の裁判かのように、「証拠」やらなにやらを求められることが多いけれど、そうじゃないんですよね。



最近、セクハラとかも「言われた本人がイヤだと思ったらセクハラ」ってなるらしいじゃないですか。



昔よりも、もっと認定される幅が増えたと言うか。



毒親被害だって、やられた側がうわっと思ったらそれは被害だし、それを示して変わってくれないような相手は、しょせんその程度なんです。




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あとあの「三往復」の会話のキャッチボール、意外と毒親以外にも地雷発見になるんですよね。



本当に即答しなきゃいけないようなときじゃなくて、普段の時「三往復」の間に圧とか不機嫌さでこっちをコントロールしようとしてくる人、何気にいるんですよね。



で、大体そう言う人って地雷。



ワガママで乙女な女の子に構ってあげたい、甘やかしたいっていうタイプの人にとっては地雷じゃないんだろうけれど、そう言うちょっとした協議・話し合いに三往復もできないでいちいち圧かけてくるような人って、蓋を開けてみるとトラブルメーカーばかりでした。



なので私的な交流には、私はそう言う人とは関わらないようにしています。



もう毒親の長年のお世話だけで疲れ果てたので、今後はお互い人間として高め合っていける人とだけ、プライベートでは交流したいんですよね。




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98☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。「オヤダカラ」なんて呪文で全部封印しようとしたら、病むだけです。

Posted by ○蒼衣○ on  




本当、「子供をかわいくない親はいない」って言葉ほど、馬鹿馬鹿しい物は無いです。



哀しいけれど、子供の事なんて心底なんとも思ってない人なんて、一定層いるんですよ。



それなのに、害悪がふりかかりそうな時の不快感や恐怖感や衝撃に、私はいつまで蓋をして目を背けなければならなかったんでしょうか。



あの”三往復”の法則じゃないけれど、相手が本当にわざとじゃなければ、画鋲を刺そうとしてきた手を振り払った後でも、その三往復の会話のキャッチボールの中で分かりあえるし・結果どっちに転ぶにしてもその3回くらいは自分の意見を言って良いんです。



「うわっ、何するんだ危ないじゃないか!」・「え、転んだ勢いで」・「気を付けてよ!もう少しで刺さりそうだったじゃん!」・「ごめん」・「危なすぎる!ちゃんと画鋲しまっといて」・「本当にごめん」



・・・せめてこの位の三往復ないと、「うわっ」て思った気持ちなんて、消せないですよね?



でも、「オヤダカラ」の五文字で、全部一人で消して飲みこめって言うんですよ、世間は。馬鹿馬鹿しい。



呪文じゃあるまいに。そんなので全部封印しようとしたら、病むだけなのに。



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反射的に払いのけたら払いのけたで、「叩かれて手が痛い」・「わざとじゃないのに」・「神経質」・「考えすぎ」・「冗談なのに」・「ビビりすぎ」と罪を全部なすりつけてくるような相手と、毎回こんな「突き刺すぞごっこ」・「チキンレース」をしなければならない人間の心境なんて、考えたことない癖に。



一回限りじゃないんですよ、ご機嫌そこねなくても目の前にあり続けるんです、画鋲が。。毒親の元に産まれるって、そんな人生なんです。



でも、私が言いたいのは・・・もし私と同じように毒親に不当に組み敷かれている人が居たら、「たかが画鋲」とか思わなくて良いから、自分を守ってほしいし・何か言ってきても自分のせいだと思わなくて良いんだという事を、伝えたいんです。



もしそれが今すぐできなくて、自分のカンを信じていいかわからなくても・・・「おかしい」・「こわい」・「いやだ」と思ったら、払っていい。



でも中々判断がつかずに余計苦しんでいる人が居たら、その罪悪感が少しでも減らせるなら・・・自分が経験してわかったことを、こうして残していきたいんです。



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97☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。地球の裏側の凶悪犯より、目に画鋲突き刺そうとしてくる毒親の方が私には危険なんです。

Posted by ○蒼衣○ on  




もう、こんなおかしい人の元に産まれて来たら、人生半分詰んだも同然ですね。



「それでも子供を愛せない親はいない」と言い切れる人なんて、私にはボンボン育ちの世間知らずにしか思えません。



そりゃあ世の中には飢餓や重病で命が消えそうな子供がいるんだろうし、毒親よりももっと凶悪な人間もいるのだろうけれど・・・。



私にとっては、地球の裏側にいる遠くのシリアルキラーや違法な爆弾所持者よりも、私の目の前:眼球の角膜の1ミリの距離に「画鋲」の切先を向けて今にも突き刺し続けようとしている毒親の方が、よっぽど恐怖なんです。



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もし自分の親がそう言った鋭利な「刺さる物」を目玉に突き刺そうとして来ても、反射的によけたり叫んだり・抵抗したり・拒絶したりすることも、子供には許されないんでしょうか。



そんな恐怖を感じてばっと手で払いのけたくなる前に、かならず「子供を愛さない親はいないはず」と言う可能性について、検証しなければならないのでしょうか。



「たかが画鋲」なんでしょうか。



芸能人でも有名人でも親友でも幼なじみでも恩師でも誰でも良いから大事な人が今画鋲を目に刺されそうになって、その相手が親だと分かれば安心できますか?



親だろうが何だろうが、うわあやめて!!!!!って思うのが、普通の人なんじゃないんですかねえ。




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96☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。どうせ姉が死ぬのなら、おまえが庇ったのは無駄だった、だったら姉だけ殴られといて、お前は死んだふりでもしてればよかったのにね・・・と言いたかったみたい。

Posted by ○蒼衣○ on  




私は最初、毒母が何を言ってるのかわからなくて・・・。



とにかく唖然としてしまいました。



すると毒母は、「そんな事も分からないから、貧乏くじひいてばかりいるのよ」・「要領が悪いと、生きづらくなって人生楽しめないわよ」とまで。



姉が、亡くなったあとの時でした。



毒母に言わせると、どうせ姉が死ぬのなら、おまえが庇ったのは無駄だった、だったら姉だけ殴られといて、お前は死んだふりでもしてればよかったのにね・・・と言いたかったみたい。



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あんまりにもびっくりしたのでそのまんまの台詞は覚えて無いのですが、そんな内容でした。



途中私が何回か聞き直して意味を尋ねてもそう言っていたので、これは本心だと思います。



姉が死んで動揺しているのかな!?心にもない事を言っているのかな?とも思ったものの、その他諸々「符号」する要素があり、こんな状況の時にこんな不謹慎なことを言える毒母に、心底仰天してしまいました。



当たり前のように「子供を愛せない親はいない」と言う人に、聞いてみたいですね。



世の中にはこういう母親もいるんですよ、わが子が殴られてたら一心不乱に飛び出して庇うのが当たり前だろうが、「奴がやられてるならこっちにこないな、しめしめ」と思えるような鬼畜がいるんです。



それも、サラッと。「日めくりカレンダー」の金言を教えてあげるがごとくに、人生の先輩として余裕綽綽で教えて来ましたから。



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95☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒母は、一番のDV被害者ではありませんでした。

Posted by ○蒼衣○ on  




それにもし他の大人に言っても、不機嫌になっただけで子供をホームに突き落とすふりをして恐怖政治のように支配しようとする母親がいるなんて信じてくれる人はいないだろうし、ムダだったと思います。



毒母は、勝つためならなんでもやる。



嘘泣きだって平気だし、弱者のふりをするのがすごく得意でした。



それに「夫のDV被害者」であることを、逆に利用しすらしているようでした。



こんな事を言うとDV被害者の人にそんな事は無いと思われるかもしれませんが、あとから気づいたのですが・・・。



毒母は一番自分がDV被害を受けているフリをしていたけれど、よくよく考えるとほとんどされていません。



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と言うのも、止めに入った私や姉が殴られ飛ばされそれでも向かって行ってなんとかする一方で、毒母は倒れて気絶した振りをしてるんです。



だから私や姉が酷い目に遭っても、助けてくれたことはありませんでした。



姉と私でかばい合って、悲鳴を上げて・・・。



疲れたり飽きたりしたら、毒父が去って行って。



その頃、急に毒母が起きて来て元気になりだす。



その後、毒母は自らも言っていました。



「倒れてるフリしてる間に他にやられてる奴がいたら、こっちには来ないから良いのよね」って。




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94☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒母にホームから突き落とされる夢を、未だに見ます。

Posted by ○蒼衣○ on  




大人になった今思うと、なのですが。



駅員が近くにいなかった時・人にそれがバレなさそうな時を選んで毒母はしていたっぽいし、本気で死ぬ気など無かったし、私達を言いなりにさせたい・言いなりになってるのが当然・・・と言うスタンスだったのでしょう。



だけどまだ幼稚園児・小学生だった私達には、母の真意などわかりませんでした。



泣き叫んで心中未遂・・・と言うならともかく、「疲れてる時は、甘いものが食べたくなるのよね♪」くらいの軽い口調でそんな事を言い出す毒母がかえって不気味で。



私達姉妹は地雷を踏んでしまったら、姉を・妹が自分のせいで殺してしまう・・・と言う恐怖におびえる毎日でした。



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駅のホームバージョンだけじゃなくて、高いところとか、ベランダとか、川・船・あらゆるところで、毒母は私たち姉妹にこういう事してきたんですよね。



だから私は今でも「突き飛ばされて落ちる」夢を見るし、高い所や「へり」が苦手です。



もう毒母が近くにいないと分かっていても、何度も「もし毒母の機嫌を損ねたら・・・」と想像してしまったのが頭に焼き付いているので、どうしてもそこは離れないんです。



そして、人身事故が電車でしょっちゅう起きるし、実は小さい頃飛び込みを見てしまった事が在るので、余計に「もし姉が」・「もし私が」ってリンクしやすいんです。



毒母は「夫にDVされてかわいそうな私」と言う免罪符を持っていたので、話し合おうにしてもすぐ話をごまかされてしまうし、他の大人に告げ口することもできませんでした。



下手にしたら、姉に咎がいくのは分かり切ってましたから。



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93☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。ホームに突き落とす「フリ」で制裁する毒母。

Posted by ○蒼衣○ on  




今思うと本当にイカれてると思うのですが、毒母のごきげん取りは生命線でもありました。



と言うのも、私が不機嫌にした罰の矛先は姉に、姉が不機嫌にした罰の矛先は私に向かうのですが・・・。



毒父はDV酒乱のけがあったので直接的に暴力を振るってきたけれど、毒母の場合はもっと精神的にくるようなやり方をするんです。



まあDV酒乱も、結構きつかったし、どっちがどっちって比べる事もある意味馬鹿馬鹿しいんですけどね。




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例えば・・・私が失敗してしまった場合。



毒母が良くやったのは、私と毒母と姉で駅のホームにいる時に、姉を線路に突き落とすフリをする事でした。



急に背後から両肩を掴んで、「うわっ」と耳元で叫んで突き飛ばすふりをする。



すると私はもう真っ青だし、姉ももちろんそうです。



もちろんホームの「へり」ではやってないし、15センチぐらいぐっと急に前に押し出すも、肩を掴んだ手はそのままだから姉の身体が転がっていく事は無いんですけれど・・・。



それで私と姉が「・・・!!!」とパニックになると、母はサラっと笑って言うんです。



「神経質ねえ」・「本当にやるわけないじゃない」・「でも、お父さんもあんなだし・あなたたちも私を大事にしてくれないし、死にたくなる時があるのよね♪」って。



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92☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。私がご機嫌を損ねると、その標的は姉に。連座制みたいな毎日でした。

Posted by ○蒼衣○ on  




自分を大事にしろ・いつでも顔色をうかがえ・自分に一切の不機嫌を発動させず・従順でいろ。



これが、毒親が私達姉妹に課し続けた、「できて当たり前なこと」なんですよ。



私は、目隠しで綱渡りさせられてるようなほっそいほっそい「正解」をたぐって、毎日ビクビクしながら生きてなきゃならなかったんだから、そりゃあ神経も疲れますよね。



それに「正解」なんて無いんですよ、実は(笑)。



毒親って、意外と「大正解」無いんです。


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もちろん「大不正解」を口にしてしまったらイビられ続けるけれど、たとえば「お蕎麦」・「パン」・「ファミレス」、どれもある意味本当は気にくわないんです。



だから、食べた後。。



お蕎麦に行けばすぐお腹すいちゃうどうしてくれんの・・・と今度は絡んでくるし、パンに行けば野菜不足が気になるしなんかイヤとか言い出すし、ファミレスなら喫煙席とか子供の鳴き声がうるさくて顔面神経痛が起きちゃったとか言い出して、



「そこに行きたい」と言わせた相手・・・つまり私に、罪悪感感じるようなことを言いまくるんです。



なので、いつも「ごめんね、変な所選んじゃって・・・」と言わされるし、その後の「ケア」・「ご機嫌取り」まで要求される。



要求されたからってやっちゃうからダメなのよと思うかもしれませんが、ちょっと不機嫌にさせるだけで、姉のランドセルとか制服捨てたり・修学旅行のお金振り込まなかったり・願書捨てたりするような人なんです。



私に対してやればいいのに、姉に対してやるんですよ。姉が不機嫌にさせた時は、標的は私になります。



江戸時代の、連座制みたいな毎日でした。




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91☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。普通の人は、会話のキャッチボールを三往復は待ってくれる。そんな当たり前が実家には無かった。

Posted by ○蒼衣○ on  





毒親と違い、普通の人は”三往復”まで待ってくれる・・・とは。



例えば、前回のように「何食べたい?」でも。



A「今日何食べたい?」 B「そうだな~、行くとしたら、○○方面?」



A[そうだね、そっちの方がすいてるかも」 B「うーんどうしようかな~」



A[なら自分は、××かなあ」 B「じゃそうしようか」



と言う感じで、二人で話す会話のキャッチボールが、三往復くらいは平気で待ってもらえるんですよね。




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そんなの当たり前じゃーん!と思うかもしれませんが、実家ではこんな「当たり前」などありませんでした。



一発で当てられなければ反逆者扱いでブスッとされて、毒親のイライラが募っていく一方・・・。



なんかね、露骨に出すんですよ、「不快感」を。こっちの我慢して我慢しての末の「不快感」には、まったく関知しないくせに。



だから、こっちは何もしてないのに、どんどん空気を読むため・気配を察知するため・少しでもヒントをもらうため、毒親の顔色を窺いまくる。



でもそれも、毒親の罠なんですよね。





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90☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒親と違い、普通の人は”三往復”までは待ってくれる。

Posted by ○蒼衣○ on  




毒親は、叶えもしないのにこっちに「どうする?」ってよく聞いてきたんですよね。



もう、殿さまや貴族が気分で奴隷や家臣をいたぶってるのと、おんなじです。



毎日・しょっちゅう、「余の本心を当てて見よ」ですよ。



だから外の世界に出ても、そう言う「決めなきゃいけない時」・「意見を問われた時」、私は必要以上に緊張しまくってました。



即答して当てなきゃイジワルしてくるような人じゃないと分かってても、もう条件反射みたいに体がこわばって焦ってぐるぐる考え始めちゃうんですよね。



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でもこれまた、ある時違和感がふつふつと湧いて来て・・・。



そして、自分と合う人・空気感が一緒な人と長い事いるようになると、即答・本心あてじゃなくて大丈夫なんだ・・・と、ハッと気づけたんです。



なんかほんとに刷り込まれてたので、無意識の中で焦ってたので、自分がそう言う状態にとらわれまくってたのも、あんまり気づけてなくて。



だけどやっと気づけて冷静に分析したとき、「普通の人は”三往復”までは待ってくれる」・「それが当たり前」という事が分かったんです。




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89☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒親の望みを一発で当てないと、反逆者扱いで八つ当たりされました。

Posted by ○蒼衣○ on  




うちの毒親は、すごくせっかちでした。



何が何でも早いのがいいし、返事や会話も一発で済ませないとイライラしてくるタイプ。



例えばそこにお蕎麦屋さん・ファミレス・パン屋さんが並んでて、「何食べたい?」と聞いてくるとするじゃないですか。



すると、こちらは「毒親が一番望んでいるであろう答え・毒親が一番食べたいであろう答え」を一発で言わなきゃいけない。



普通は自分が食べたいものをそれぞれ言って、会話の中で多数決とか・譲り合いになったりするものなのに・・・。




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産まれてから気づくとずっと、全方向にそんな感じ。



もちろん空気を読まずに毒親が嫌いなものを言ってしまったら、忠誠心が足りないとばかりにイライラされてずーっと仕返しされ続けるし、八つ当たりされ続ける。



でも会話もなしに、そんなの分からないじゃないですか。



胃弱だから揚げ物は嫌いかなとか、消去法は多少できるけど・・・一発で当てろなんて。



そして、3秒くらいも待ってくれないんです。



わがままで甘えん坊な彼女が、食べたいものとか欲しいプレゼントとかを彼氏に「あたしはいま何が欲しいでしょうか♡」とか聞いて、外したらプンプンしちゃう・・・とかは、まああるあるなのかもしれないし、お互い好きあって交際している者同士だからまだ見てられるけれど。



勝手に引き合わされたに近い親子なのに、親が何考えて何を望んでるか、即答しなきゃいけないんですよ。地味にだけれど、本当にオカシイ世界でした。




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88☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。毒親から解放されて違いを感じるのは「待ってもらえるか」。

Posted by ○蒼衣○ on  




何かグループ内でもめた時とか、自分が当事者じゃなくても「もっと気を遣ってあげればよかったかな」とか、「私が良くなかったのかな」とか、ドラマや小説なんかでも主人公が考えていたりするものの、私みたいな毒親の刷り込みがある人がそれと同じことだけやっちゃうと、「刺さり方」が違うんですよね。



普通の人は「もっと気を遣わなきゃいけなかったかな」のあと、「でもなんとかなるといいな」・「なんで○○さん、そんなに怒ってるんだろう。なにか他に背景があったんだろうか」とか思うのに、



私は「やっぱり自分が何か足らないんだろうか」・「なんでこう上手くいかないのか・できないのか」・「私ってばダメだな・・・ほんとイヤだ」とかなってしまう。



反省するにしても、頭を拳でふれるくらいコツンと叩いててへっとするくらいで良いのに、金属バットで殴って詫び入れますくらいの勢いになっちゃう。



「やっぱり」のヒビが入っているとただでさえ割れやすいのに、一生懸命「心の糧」を溜められないくらい、自分を責めて割りつづけてしまう。。



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ほんと、当時なにやってたんだろう・・・と、今になると思うんです。



ただある時、先日の「違和感」だけじゃなくて、もっと「付き合ってみて自分が疲れなくて、帰路逆に元気になっちゃうような人」だけと率先してつき合えばいいんだと分かるようになって。



もちろん仕事やらなにやらでそれ以外の人とも関わらなきゃいけないけれど、そういう時はそう言う人の評価やら・会った時の空気やらはそんなに私だけでしょい込まなくてもいいんだなって思えるようになったんです。



と言うのも、あれだけ汚染された空気と圧の中にいたから、あんまりその微妙な加減って分からなかったのですが・・・。



一番違うのって、「待ってくれる」んですよね、普通。






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87☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。沢山の人とうまく人間関係を築けるイコール自信回復、はそもそも無理なのでやめました。

Posted by ○蒼衣○ on  




そんな長い年月を過ごしてきたので、私は幸せになった今でも、人付き合いはそんなに好きじゃないです。



でも楽しめないかと言うと全然そんなことはなく、相手を選んで、自分が楽しいと思う人と・無理が無い範囲で一緒にいます。



とにかく毒親に境界線を侵されて生きて来たので、距離感の無い人は嫌いだけれど・・・。



ちゃんとお互いの距離感を尊重し合って、楽しく話ができる人とは、普通に友達づきあいできています。




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ただし、社会の中でちゃんとうまく人付き合いができる イコール 毒親ににおわされた「何かが欠けてる」と言う部分を埋められる イコール ちゃんと人間関係で「成果」を出してないと、やっぱり「何か欠けてる」と関連付けてしまう・・・



みたいなところがあったので、結構ここ数年までは苦労したし・人間関係で楽しいと言うよりは疲労の方が断然多かったです。



だけど「どんな人とも、最低限うまくつきあえる」と言うのを「自分がちゃんとしている証拠」ととらえようとしても、無理なんですよねそもそも。



世の中、毒親ほどじゃないけれどトラブルメーカーはいるし、女性同士の集まりだと揉めたりマウンティングしたり・嫉妬したり・嘘ついたりとかする人そこそこいるし、そんな人たち全てとうまくいかないと、自分がオカシイってなっちゃうのって。



ただ首を絞めるためだけに、人間関係頑張ってるみたいなものでした。





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