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73☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。距離感ナシの毒親の元で育つ、距離感ありのACの二重の悲劇。 

2018, 08. 25 (Sat) 11:08



だから毒親は、距離感ゼロのくせにそうじゃなく偽装することはできるけれど、子供には容赦しない。



でも、こちらは二手に分かれた後者:距離感がある人だから、距離感ナシの攻撃は本当につらかった。



お互い距離感がなければぶつかり合う勢いもすごいかもしれないが、こちらだけ距離感のセンサーが稼働している場合は、余計にダメージを喰らってしまう。



遠慮なく敷地を踏み荒らしてくる人には、同じくらいの力で押し返さないとならないが、こちらはそんな攻撃性はもちあわせてない。



そんな正当防衛も厳しいし、それこそ他人に「距離感ゼロで接し続けられるか」と言ったら、私は見知らぬ他人をいじめなきゃならない位無理だと思う。



精神が続かない。



そんな時間があるなら、もっと心穏やかになる事や・心ときめくような事をしていたいし、いまそう言うものがないならこの世の中に何かキラキラするものは無いのかなあ・・・と、探していたい。



趣味でも・芸術でも・食べ物でも・楽しい人でもいい、自分がいい意味で「すごいな」・「素敵だな」と思う様な物や人に接して、精神的に高まって行きたい。



だけど毒親は、完全に・・・何の努力もいらず、元から距離感ゼロの人だった。






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長年の眠りから覚めた吸血鬼が渇きに耐えられず人の首筋に噛みつくほどの「変遷」もなく、皮膚が酸素を取り込み二酸化炭素を排出し皮膚呼吸するかのような、ただの「素」だった。



凶悪事件が起きるたびに思う。



被害者や遺族は「なぜこんな目に遭わなければならなかったのか」と感じるし、マスコミは「彼をそうさせた動機は何だったのか」と探りたがるけれど、毒親の「素」に気づいた以降、そんなの大体は後付けだと思う。



「確変」する動機など無くてもやってしまうから、そんな大事件を起こすわけで。



彼らは元々、そう言う人だという話に過ぎない。理由などわざわざ探してあげる必要など、無いのだ。



それを毒親被害でも、他人は「そうさせるだけの理由が子供にあったのか・もしくはそんな心境に陥らざるを得ない同情すべき事情が毒親にあったのでは」とすぐにマイナス勘定してくれるが、



そんな感覚とは、奴らは別の次元で生きてる。