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78☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。「産まれて嬉しかった」と言われたことは無くて、いつも「ごめんなさい」と言わされてました。 

2018, 09. 29 (Sat) 11:03




トイレットペーパーをガラガラ引っ張って手にまとめて拭いて、それでも足りなかった時に 尚も引っ張って二回目・三回目と使うでしょう?



毒母にとって私たち姉妹は、そのノリで搾取されていました。



時間も気力もお金も、毒母にとってはその程度の扱いでガラガラガラガラ・・・たらなければ引っ張って・乱暴にまとめて。



それがいつまでも続く。



トイレットペーパーさんごめんなさい、減っちゃって・・・とか、トイレットペーパーさん、いっぱい使わせてもらったのに二度も三度も取って御免なさいね・・・なんて、思わないでしょう?



毒母にとって、それくらい私たち姉妹から「奪う」のは、「無」で「自然」だったんです。







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だから思い起こせば、私の事も姉の事も、毒母は出産した時の話は「恨み節」しかありませんでした。



「無事産まれて来て喜んだ」・「かわいかった」・「幸せだった」と言う言葉を、振り返って見ると一度も聞いたことがありません。



お産や妊娠中の話を偉そうにする毒母は、いつも私たちに「ごめんなさい」を言わせるのが得意でした。



妊娠中どれだけ大変だったか。



胎動がしつこすぎて眠れなかった・大きくなりすぎて産むのが大変だった・一人目も2人目も女の子で、周囲から男児のプレッシャーをかけられて辛かった・



お産のトラブルでその後ひどいめにあった・・・。



そんな話ばかり。しかもその話には、多々嘘が含まれていました。







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