蒼衣のブログ。

毒親もちの主婦。毒母と絶縁後の心境・体調(子宮疾患/子宮内膜症+α?・自律神経失調症)などを語ります。

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101☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。自分の人生を楽しむのって、甘えじゃなくて公平な目なんだなあと。

Posted by ○蒼衣○ on  



なんていうのかな・・・。一部分だけをとらえてほしくないのですけれど、人間関係なんてなるようにしかならないんだなあって、いい意味で思ったんです。



いくら緩衝材になっても、揉める人は揉めるし。どうにもならないときはどうにもならない。



ただ炎上状態に油を注いだりとか、余計な事したりとか、そういうのはしませんよもちろん。



でも、過度になんとかしようとしてその結果うまくいかなかったからと言って、それをすべて自分でしょい込む必要なんてなかったんだなあ・・・



揉めない・失敗しない人生を理想にしちゃうと100点であり続けることなんてできないのだから、「ダメだった部分」ばかりに目が行ってしまう。



そうすると五月蠅い小姑を24時間365日背中に背負って監視されながら生きているようなものだから、人生楽しめるわけがないんですよね。



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毒親の元に産まれてくると、自分の人生を楽しめないし・自分の魂の操縦桿を毒親に占領されてしまうし、なんなら破壊されかけてしまうしでとんでもないことになるものの、もし「気づけて脱することができたなら」・・・



自分の人生を楽しめるように、もっと公平な目で自分のこと見てもいいんですよね。



自分に甘くしたらいけない・怒られるってイメージがどうしてもこびりついてたけれど、自分の人生を自分を中心に据えて楽しもうとするのって、普通であって基本的人権みたいなもので。



それは「甘い」んじゃなくて、「公平」なんですよね。



色眼鏡の色を落として透明のレンズで自分を見るのって、別にいけない事でも何でもない。



そりゃあ色眼鏡をやめて透明な眼鏡を見たら、いままで自分だけが黒くてしょうがないのかと思ってて、それは逆に楽でもあって…


世界は灰色の人がいっぱいいるって事を認めるのが怖くなったり、大した人間じゃない自分が他人を軽々しく悪くなんて捉えていいんだろうか?なんて思ったけど。


自己評価と言うフィルターなんて、いちいち通さなくていいんですよね。



まず見えたものをそのまま感じて、最終的な判断はあとにするとしても、すぐさま自己評価でその感性を左右しなくていい。


まずは、あれもこれもそのまま捉えても大丈夫。自分の気持ちの中に、感じたものをそのまま受け止めるスペースを常設していい。


世の中悪い人も居るし良い人も居るし、自分と合う人も居るし・合わない人も居る。



その中で、自分に合う人や素敵な人をさがして一期一会でも楽しい記憶を作っていく・・・それが、人生を楽しむって事なんだなあと。


争いが無くて疲れなくて自分を嫌いにならない人生を目指していたけれど、自分を公平な目で見れるようになったら、争いを見ても・人の嫌な部分を目にしても、以前よりはとても心が重くならないようになりました。




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○蒼衣○

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