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カテゴリ:26☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。私が丁寧に掬い取るべきものなのは他人目線では無くて自分の生々しい気持ち。 の記事一覧

26☆毒親との絶縁を経て、怒りよりも湧いてくる感情は。私が丁寧に掬い取るべきものなのは他人目線では無くて自分の生々しい気持ち。 

2017, 09. 08 (Fri) 22:00




「そうは言っても親なんだから」・「子供は親を選んで産まれてきたんだから・・・」・「産んでくれたのは親でしょう」

・・・・そんな風な「他人目線」や「世間でよく言われているような事」は、万能ではありません。




右に傾ききったやじろべえを直すときには有効な「左の力」なのであって、左に傾ききったやじろべえに加えればただのおかど違いの凶器となります。




そして、私は「自分が苦しみから救われたいから」、そんな「屁理屈」を言っているのではありません。


これは、後付けの理論ではなくて、水が高いところから低いところに流れるくらい、当たり前の事なんです。




ただその当たり前に、盲目で無知な世間やただの被害者であるアダルトチルドレンがだまされているから、「本当はこうです」と発表しているだけです。




当然のことなんですよ。



どこかで聞いた事があるような・世間で一般的に言われているような「キレイに聞こえる言葉」でも、現状の自分の心が「違和感」を感じたら、遠慮無く「はじいていい」んです。

そんな重みをしょいこんで、やじろべえを落下させなくて良い。

そこは、理屈じゃないんです。




それなのに、そうじゃないケースが多すぎて。



親からの圧と毒に耐えて耐えて耐え抜いて、不当にやじろべえが傾いてもう滑落寸前の子供が、なぜそんな「トドメ」を刺されなければ行けないのか分かりません。




私のようなアダルトチルドレンが丁寧に掬い取るべきものは、「他人目線」や「すりこまれた罪悪感・劣等感」ではなくて、「理屈なんかじゃない、自分の生々しい気持ち」です。


それが、私がずっと知らなかった・・・・・「自分を大切にする」と言う事だったんです。